64歳女性。夫と同居。1年前、軽度のアルツハイマー型認知症と診断され、処方1の薬剤による治療が行われていた。6ヶ月前より、認知症周辺症状(BPSD)が出現し、処方2の薬剤が追加された。その後、BPSDは改善されたが、3ヶ月前には血圧が上昇し処方3の薬剤が追加された。その後、処方3の薬剤が増量されたが、降圧効果が不十分だったため、処方3は変更となり、2ヶ月前より処方1、2及び4の薬剤を服用中である。本日、女性が夫とともに処方箋を持って薬局を訪れた際、処方5の薬剤がさらに追加されていた。薬剤師が女性の体調を確認したところ、2〜3週間前から血圧が高くなり、最近では倦怠感や頭重感、むくみ、しびれの自覚症状があるとのことだった。
| (処方1) |
ドネペジル塩酸塩錠5 mg 1回1錠(1日1錠) 1日1回 朝食後 30日分 |
| (処方2) |
抑肝散エキス顆粒 1回2.5 g(1日7.5 g) 1日3回 朝昼夕食前 30日分 |
| (処方3) |
テルミサルタン錠20 mg 1回1錠(1日1錠) 1日1回 朝食後 30日分 |
| (処方4) |
テルミサルタン40 mg・ヒドロクロロチアジド配合錠 1回1錠(1日1錠) 1日1回 朝食後 30日分 |
| (処方5) |
塩化カリウム徐放錠600 mg 1回2錠(1日4錠) 1日2回 朝夕食後 30日分 |
薬剤師は、薬歴に記録された1ヶ月前の検査値と処方箋に記載された今回の検査値を比較し、医師に疑義照会を行った。
| (1ヶ月前の血圧及び検査値) |
血圧142/85 mmHg、AST 35 IU/L、ALT 43 IU/L CK(クレアチンキナーゼ)58 U/L、血清クレアチニン0.9 mg/dL 総ビリルビン1.0 mg/dL、Na 138 mEq/L、K 3.8 mEq/L |
| (処方箋記載の検査値) |
血圧155/90 mmHg、AST 150 IU/L、ALT 78 IU/L CK(クレアチンキナーゼ)950 U/L、血清クレアチニン1.0 mg/dL 総ビリルビン1.1 mg/dL、Na 145 mEq/L、K 2.3 mEq/L |
【問330】甘草含有製剤による偽アルドステロン症
・K:3.8 → 2.3 mEq/L(重度の低カリウム血症):偽アルドステロン症によるK排泄促進
・Na:138 → 145 mEq/L(正常上限):Na再吸収亢進
・血圧:142/85 → 155/90 mmHg:Na・水分貯留による血圧上昇(降圧薬を強化しても改善しない理由)
・CK:58 → 950 U/L(著明な上昇):重度の低カリウム血症による低カリウム性ミオパチー(横紋筋融解)
・自覚症状(倦怠感・頭重感・むくみ・しびれ):いずれも低カリウム血症・偽アルドステロン症に伴う典型的な症状
| 選択肢 | 提案内容 | 判定・解説 |
|---|---|---|
| 1 | ドネペジルを中止する | × ドネペジル(コリンエステラーゼ阻害薬)は今回の検査値異常(肝機能・CK・電解質異常)と直接の関連が乏しく、認知症治療の中心となる薬剤を中止する根拠はない。本症例の問題の本質(偽アルドステロン症)とは無関係な選択肢。 |
| 2 ★ | 抑肝散エキス顆粒を中止する | ◯ 抑肝散に含まれる甘草(グリチルリチン)が偽アルドステロン症を引き起こし、高血圧・低K血症・浮腫・CK上昇の原因そのものとなっている可能性が高い。原因薬剤の中止が最も重要な対応であり、BPSDが改善している現状も踏まえ、中止または他剤への変更を提案すべき。 |
| 3 ★ | テルミサルタン・HCTZ配合錠を中止する | ◯ HCTZ(チアジド系利尿薬)はそれ自体が低カリウム血症を起こしやすい薬剤であり、すでにK2.3 mEq/Lという重度の低K血症を呈している状況でこれを継続することは低K血症をさらに悪化させるリスクがある。また、血圧上昇の本質的原因が甘草による偽アルドステロン症であれば、増量・配合剤への変更によっても「降圧効果が不十分」だったことの説明にもなり、HCTZを含む配合剤を中止し、原因(甘草)への対応を優先すべき。 |
| 4 | 塩化カリウム徐放錠を減量する | × K値は2.3 mEq/Lと重度の低カリウム血症であり、塩化カリウム製剤(処方5)はこれに対する補充療法として新規追加されたものと考えられる。この状況で減量を提案するのは方向性が逆であり、むしろ原因(甘草・HCTZ)を除去した上でK値をモニタリングしながら継続・調整すべき場面。 |
| 5 | フロセミド錠を追加する | × フロセミド(ループ利尿薬)も強力な低カリウム血症の原因薬剤であり、すでにK2.3 mEq/Lという重度の低K血症がある患者に追加することは、低カリウム血症をさらに増悪させ、致死的な不整脈等のリスクを高める。原因薬剤を除去すべき場面で、さらにK低下を促す薬剤を追加するのは明らかに不適切。 |
・選択肢4・5:いずれも「血圧が高い・むくみがある」という表面的な症状にのみ着目すると選びそうになるが、背景にある重度の低K血症(K=2.3)を踏まえると、K排泄を促す薬剤(フロセミド)の追加やK補充薬の減量はいずれも危険と判断できる。
・「漢方薬=安全」という思い込み:抑肝散のような漢方エキス製剤も、構成生薬(甘草)由来の重大な副作用(偽アルドステロン症)を起こすことを認識する。長期服用患者では特に電解質モニタリングが重要。
・CK上昇の解釈:CK上昇は心筋梗塞や運動・外傷でも見られるが、本症例では低カリウム血症によるミオパチーとして説明するのが、他の検査値変化全体と整合する。


偽アルドステロン症の4徴候:①高血圧、②低カリウム血症、③浮腫、④代謝性アルカローシス。これに加えて低K血症が重度になるとミオパチー(CK上昇・筋力低下・しびれ)を伴うこともあります。「甘草を含む漢方薬を長期服用している高齢患者で、原因不明の血圧上昇・むくみ・倦怠感が出現したら偽アルドステロン症を疑う」という思考プロセスを覚えておきましょう。
甘草を含む代表的な漢方薬:抑肝散のほか、芍薬甘草湯、small青竜湯、補中益気湯など多くの漢方薬に甘草が含まれます。複数の漢方薬・甘草含有製剤を併用すると甘草の総量が増加し、偽アルドステロン症のリスクが高まるため、薬歴での重複確認が重要です。
「対症療法」より「原因除去」を優先:本症例のように、低K血症の補正(K製剤の追加)や血圧上昇への対応(降圧薬の強化)といった対症療法を重ねる前に、まず原因薬剤(甘草を含む抑肝散)を見直すことが疑義照会の核心です。対症療法だけでは、原因が残存している限り状態は改善しにくく、薬剤がどんどん積み重なる「処方カスケード」に陥るリスクがあります。










