58歳女性。2年前に右乳房の浸潤性乳管がんと診断され、右乳房全切除及び腋窩リンパ節郭清が施行された。病理検査の結果、ホルモン受容体陰性、HER2に対する免疫組織化学染色1+のHER2低発現乳がんと診断され、術後補助療法として放射線治療(胸壁・鎖骨上窩照射)が施行された。半年前、局所再発及び肺転移が確認され、ドキソルビシン+シクロホスファミド併用療法にて全身化学療法が開始された。初期には治療が奏効していたが、4コース後に画像上で肺転移及び鎖骨上窩リンパ節の増大を認めた。今回の入院では、トラスツズマブ デルクステカンを導入することになった。
【問278】患者背景からリスクが高まる副作用
患者背景:①放射線治療歴(胸壁・鎖骨上窩照射)、②アントラサイクリン系(ドキソルビシン)+シクロホスファミド既往
T-DXd(エンハーツ®)の主な副作用:間質性肺疾患(ILD)・悪心嘔吐・下痢・血液毒性・心毒性・末梢神経障害
| 選択肢 | 副作用 | 判定・解説 |
|---|---|---|
| 1 | Infusion reaction(点滴反応) | × 投与時の過敏反応。T-DXdでも起こりうるが、本症例の患者背景(放射線治療歴・アントラサイクリン歴)とは直接関連しない。 |
| 2 ★ | 間質性肺疾患(ILD) | ◯ T-DXdの最重要副作用で死亡例もある。放射線治療歴(胸壁・鎖骨上窩照射)はILDのリスク因子であり、本症例では特に注意が必要。発熱・咳嗽・呼吸困難が出現した際は速やかに投与中断し画像検査を行う。 |
| 3 | 下痢 | × T-DXdの下痢は高頻度副作用だが、本症例の患者背景(放射線治療歴・ドキソルビシン歴)によってリスクが特に高まる副作用ではない。 |
| 4 ★ | 心機能低下 | ◯ T-DXdの薬物成分であるDXd(デリクステカン、エキサテカン誘導体)に加え、ドキソルビシン(アントラサイクリン系)の既往は累積的な心毒性リスクを高める。ドキソルビシンは不可逆的な心筋障害を引き起こすことがあり、T-DXd導入前後の心機能評価(心エコー等)が重要。 |
| 5 | 末梢神経障害 | × 末梢神経障害はタキサン系等で問題となる副作用。T-DXdの主要副作用には含まれるが、本症例の治療歴(放射線・アントラサイクリン)との直接的なリスク増強の関連はない。 |
・選択肢3(下痢):T-DXdで頻度が高い副作用だが「患者背景からリスクが高まる」副作用ではない。問題文の問い方を正確に読む。
・選択肢5(末梢神経障害):T-DXdの副作用だが、この患者の既往治療(ドキソルビシン・シクロホスファミド)との関連は薄い。
【問279】T-DXd(ADC)の特徴
抗HER2抗体(トラスツズマブ)+切断可能リンカー+ペイロード(DXd:トポイソメラーゼI阻害薬)
薬物抗体比(DAR)≒8(抗体1分子に約8分子のDXd)
作用:HER2に結合→エンドサイトーシスで細胞内取り込み→リソソーム内でリンカー切断→DXd遊離→DNA損傷・細胞死
| 選択肢 | 記述 | 判定・解説 |
|---|---|---|
| 1 | 抗体と薬物の結合は非共有結合 | × ADCにおける抗体とリンカー・薬物の結合は共有結合(チオエーテル結合等)。非共有結合では血中で薬物が遊離し副作用が増大するため、共有結合による安定した接合が必須。 |
| 2 | 薬物抗体比(DAR)は1 | × T-DXdのDARは約8(抗体1分子に対しDXd約8分子が結合)。DARが高いほど一度に多くの薬物をがん細胞へ送達できる。DAR=1は誤り。 |
| 3 ★ | 能動的ターゲッティング製剤 | ◯ ADCは抗体がHER2(標的抗原)に特異的に結合することで標的細胞(がん細胞)に選択的に薬物を送達する。これは能動的(active)ターゲッティングの典型例。受動的ターゲッティング(EPR効果等)とは異なる。 |
| 4 | 受動輸送で細胞内に取り込まれる | × T-DXdはHER2に結合した後、エンドサイトーシス(能動的な取り込み)によって細胞内に取り込まれる。受動輸送(濃度勾配による拡散)ではない。 |
| 5 ★ | リソソーム内で分解されて薬物が遊離 | ◯ T-DXdのリンカーはリソソーム内の低pH・カテプシン等の加水分解酵素によって切断される切断可能リンカー(tetrapeptide型)を使用。エンドサイトーシス→エンドソーム→リソソームの経路でDXdが遊離し、核内でトポイソメラーゼIを阻害してDNA損傷を引き起こす。 |
・選択肢2:DARの数値を問う。T-DXdはDAR≒8と高く、これが高い抗腫瘍効果の一因。DAR=1(選択肢)は明らかに誤り。
・選択肢4:「受動輸送」vs「エンドサイトーシス(能動的取り込み)」の区別。ADCはすべてエンドサイトーシスで取り込まれる。


T-DXd(エンハーツ®)のILD(間質性肺疾患)は薬剤師が必ず把握しておくべき重篤副作用です。発生頻度は約10〜15%と比較的高く、グレード3以上の重症例や死亡例も報告されています。放射線治療歴・喫煙歴・既存肺疾患がリスク因子です。外来で使用する際は「咳・息切れ・発熱が続く場合は受診」と必ず指導しましょう。
HER2低発現(HER2-low)という新概念:従来HER2陰性とされてきたIHC 1+またはIHC 2+/FISH陰性の乳がんが「HER2-low」として再定義され、T-DXdの適応となりました。T-DXdはHER2に結合するだけでなく、Bystander効果(DXdが隣接細胞にも拡散して効果)を発揮するため、HER2発現が低くても効果が期待できます。
アントラサイクリン系の累積心毒性:ドキソルビシンは累積投与量500 mg/m²を超えると心毒性リスクが急増します。T-DXd導入前にドキソルビシンを使用していた場合、心エコーでEF(左室駆出率)を確認し、EF低下があればT-DXdの投与も慎重に検討します。










