75歳女性。65歳のときに脂質異常症と診断されたが、薬物治療は受けていなかった。昨夜、右手に力が入りにくくなり、しばらくすると回復した。本日、午前6時頃に起床したが、午前7時頃に右上肢の痺れが現れ、次第に悪化した。ろれつが回らなくなる症状が現れたため、家族が救急車を呼び、午前7時50分に救急外来へ搬送された。検査の結果、脳梗塞と診断された。また頭蓋内出血は認められなかった。診断時の時刻は午前8時30分であり、直ちに治療を開始することとなった。不整脈の既往はなく、搬送時の身体所見及び血液検査結果は以下のとおりであった。
(身体所見)
身長151 cm、体重57 kg、意識清明、血圧192/102 mmHg、脈拍90拍/分(整)
(血液検査)
白血球6,200/µL、CRP 0.4 mg/dL、AST 42 IU/L、ALT 36 IU/L、
血清クレアチニン0.9 mg/dL、BUN 20 mg/dL、eGFR 46.6 mL/min/1.73 m2
【問286】脳梗塞の病態評価
| 選択肢 | 記述 | 判定・解説 |
|---|---|---|
| 1 | 心原性の可能性が高い | × 「不整脈の既往はなく」脈拍も整。心房細動等の心原性塞栓症を示唆する所見がない。脂質異常症を背景としたアテローム血栓性脳梗塞が疑われる。 |
| 2 ★ | 梗塞部位は左半球にある | ◯ 右上肢の麻痺・ろれつ困難(運動性失語)は左大脳半球の障害を示す。大脳の運動野・言語野は左半球優位(右利き者の約95%)であり、交叉性支配のため右半身症状は左半球梗塞を示唆する。 |
| 3 | 脳動脈瘤が破裂した | × 動脈瘤破裂ならくも膜下出血となり、突然の激しい頭痛(thunderclap headache)が典型的。また頭蓋内出血は認められていない。 |
| 4 | 今後、病巣で出血することはない | × 脳梗塞では虚血巣への出血性梗塞(hemorrhagic transformation)が起こりうる。特に血栓溶解療法後や抗凝固療法中は出血リスクが高まる。 |
| 5 ★ | 一過性脳虚血発作があった | ◯ 「昨夜、右手に力が入りにくくなり、しばらくすると回復した」はTIA(transient ischemic attack)の典型像。24時間以内に症状が消失しており、翌日の脳梗塞発症はTIAに続発したものと考えられる。 |
・選択肢1:「不整脈の既往なし・脈整」から心房細動は否定的。心原性と決めつけない。
・選択肢4:「脳梗塞だから出血しない」は誤り。出血性梗塞は治療中の重大なリスク。
【問287】脳梗塞急性期治療薬(採点特例:1・2・3のうちいずれか2つが正解)
| 選択肢 | 薬剤名 | 判定・解説 |
|---|---|---|
| 1 ★ | アルテプラーゼ(遺伝子組換え) | ◯ rt-PA(組織プラスミノーゲンアクティベーター)。発症4.5時間以内の脳梗塞に静注血栓溶解療法として使用。本症例は発症〜診断が約1.5時間以内であり適応あり。ただし頭蓋内出血がないことの確認が必須。 |
| 2 ★ | エダラボン | ◯ フリーラジカル消去薬。脳梗塞急性期の神経障害・日常生活動作障害の改善に適応。eGFR 46.6と腎機能低下があるが、急性期の使用は可能(重篤な腎障害には禁忌)。 |
| 3 ★ | オザグレルナトリウム | ◯ トロンボキサンA2合成酵素阻害薬。非心原性脳梗塞急性期に適応。本症例はアテローム血栓性脳梗塞(非心原性)であり適応となりうる。 ※採点特例の理由:アルテプラーゼ使用時はオザグレルとの併用が禁忌となるため、臨床的には1と3の同時選択は不適切。出題に問題があり複数正解とされた。 |
| 4 | ダビガトランエテキシラートメタンスルホン酸塩 | × 直接トロンビン阻害薬(経口抗凝固薬:DOAC)。心房細動に伴う脳梗塞の再発予防に用いる。急性期治療薬ではなく、また本症例は心原性でない。eGFR 46.6 mL/min/1.73 m2であり、ダビガトランは腎機能評価にCockcroft-Gault式によるCCrを用い、CCr 30 mL/min未満が禁忌、CCr 30〜50 mL/min未満は慎重投与とされており、腎機能に応じた評価が必要な薬剤である。 |
| 5 | ファスジル塩酸塩水和物 | × Rhoキナーゼ阻害薬。くも膜下出血術後の脳血管攣縮・虚血症状に適応。脳梗塞急性期の適応はない。 |
・選択肢4(ダビガトラン):抗凝固薬=脳梗塞治療と連想しがちだが、急性期治療ではなく再発予防薬。心原性脳塞栓症の再発予防が主な適応。
・選択肢5(ファスジル):くも膜下出血後の脳血管攣縮が適応。「脳の薬」でも適応疾患が全く異なる。
・採点特例の背景:rt-PA(アルテプラーゼ)とオザグレルは併用禁忌であり、両方を「正解」とすることが臨床的に矛盾する。問題の設定に不備があったとして1・2・3の組み合わせがすべて正解とされた。


脳梗塞急性期のタイムライン:「Time is Brain」という言葉の通り、脳梗塞では時間が命です。アルテプラーゼの静注血栓溶解療法は発症4.5時間以内が適応条件。本症例は発症〜診断が約1.5時間と早期対応できており、投与を検討できます。薬剤師も禁忌事項(頭蓋内出血、出血素因、収縮期血圧185 mmHg以上/拡張期血圧110 mmHg以上など)を確認する役割を担います。なお本症例の血圧は192/102 mmHgであり、t-PA投与前に降圧できるかどうかの判断が実臨床上のポイントとなります(これが問287で複数正解となった背景の一つです)。
TIAは脳梗塞の前兆:「昨夜、手に力が入らなかったがすぐ回復した」というエピソードはTIAの典型例です。TIAは脳梗塞の強力な前触れサインであり、2日以内の脳梗塞発症リスクが高い。患者さんから「一時的に治った」と聞いたときに聞き流さないことが大切です。
エダラボンと腎機能:本症例のeGFR 46.6 mL/min/1.73 m2はCKD G3b相当。エダラボンは重篤な腎障害(高度腎不全)が禁忌ですが、この程度の腎機能低下では急性期使用は可能です。ただし使用中は腎機能モニタリングが必要です。











